山葵漬の加工体験

COOKING WASABI PICKLES

<BU製法で山葵漬>

オプションとして「山葵漬の加工体験」をご用意しています。しかしながら、スケジュールの都合で時間がとれないことがあります。その場合は、収穫した山葵をお持ち帰りし、ご自宅で加工してください。その際は、後述のレシピがきっとお役にたつことでしょう。

※以下手順は、「加工してすぐ食べ切る」場合に最適化した手順です。ご自宅にお持ち帰りした山葵は、一旦ご冷蔵庫(野菜室)で保管し、食べる直前、あるいは食べる当日に加工してください。尚、オーベルジュわさびで実施する体験は、本手順と若干異なります。贈答用または加工日翌日以降に食べることを想定しているので、瓶詰に加工しています。

01、できるだけ大きな鍋で、鍋一杯に水を張り、湯を沸かします。

02、山葵(葉、茎、新芽、花芽等)を洗浄します。その際異物(泥、砂、枯葉、昆虫等)と、山葵の色の悪い部分を取り除きましょう。水に浮かばせながらの作業が容易です。

03、山葵をザルにあげて、水を切ります。

04、鍋の真横にザルごと山葵を移動します。大量生産する場合、右利は右側、左利は左側に配置すると都合が良いです。ご家庭等で少量加工の場合は、本手順を無視して頂いても構いません。

05、湯の温度が73度になったら火を止めます。美味しさの秘訣なので、温度管理は可能な限り厳格に行ってください。

06、山葵をひとつかみ鍋に投入し、菜箸を使って沈めます。花芽は15秒、それ以外は20~30秒間を目安として、手早く攪拌(かくはん)します。尚、お湯は山葵に熱を奪われ、70度程度まで降下しますが、再加熱はしません。

07、山葵を氷水(冷水)にあげます。この手順は見た目を重視する場合のみ行います(山葵が鮮やかな緑色になる)。翌日以降に食べる場合(発色が悪くなる)、もしくは味を重視する場合は、本手順を省略して下さい。

08、スピナーに偏りなく山葵を広げて回転、脱水します。キッチンペーパー等で拭き取って頂いても構いません。余分な水分が少なければ少ないほど、美味しくなります(後述)。

09、山葵を選別します。短いものはボールに、長い山葵はまな板に移します。その際、再度、異物と色の悪い山葵を確認します。枯葉(左上)、腐った茎(左下)、墨入=黒に変色した茎(右上)、変色した葉(右下)等があります。

10、茹でる前の山葵が残っている場合は、73度まで再加熱し、山葵が無くなるまで、上記の手順06~09を繰り返してください。


11、長い山葵を食べやすいサイズにカットし、ボールに移します。あまり細かくしすぎないことが美味しさの秘訣です。

12、ボールの中を山葵を強く揉んで下さい。細胞を壊すイメージで、地元では「怒ってやると美味しくなる」と云われています。

13、ボールの中の山葵を、山葵の中から染み出てきた汁ごと、「極薄の」ポリエチレン袋に移します。調味料の配合割合を厳格に行う場合は、同時に計量を実施してください。

14、醤油を加えます。その他お好みで味醂、酒、砂糖、塩、麹、出汁などを加えます。個人的には、液体が少ない方が美味しくなると信じています(後述)。

15、袋の上から軽く揉んで、山葵に調味料を馴染ませたのち、コンパクトにまとめます。

16、ボールに水をはります。その中にポリエチレン袋を沈め、袋の中のに残った空気を、全て抜きます。

17、できるだけ空気が混入しない様に、袋の上部を縛ります。その後、袋に付着した水分を拭き取り、冷蔵庫の中に移して、冷やします。

18、30分経ったら出来上がり、食べ頃の保管時間はお好みで変わってきます。もし辛味を楽しみたいのなら1時間後位が良いようです。それから時間の経過とともに味が馴染んできます。その一方で辛味が揮発し、今まで辛味でマスクされていた風味が表に活きてくる様な印象があります。 加工24時間以降は、辛味・風味の両方が飛んで行くだけ、良いことは全くありません。よって、可能な限り当日中にお召し上がり頂くことをお勧めします。

<English version by Ruby Wood>

<BU製法>

山葵の加工方法は、人によって実に様々です。これまで経験的に伝えられてきたことは、まったくもって洗練・固定しておりません。温度に関しては、60度から100度(沸騰)と幅があります。茹で時間は10秒間が多いようですが、20秒間熱湯をかけ続けるという記述もありました。アク取のために予め塩で揉む場合と、そうでない場合があったかと思えば、「塩の浸透圧で辛味を出す」と断言している人もいます。風味が揮発することはが明らかなのに、「漬け汁に3日間保存」を説く人も居ます。しかしながら、それぞれの根拠を辿ると、そのどれもが怪しい印象ばかりなのでした。そこで私は、単に官能試験に頼るだけでなく、多くの論文を読み漁り、結論を導きました。つまりBU製法とは、以下の2つの意味を込めて、当方が勝手に命名しているものです。手前味噌でしょうか?

Based on Ultima(科学的証拠に裏付けられた「真の原理」に基づくという意味)

Buchi Uma(ぶちうま、「とても美味しい」という意味の方言)

具体的には以下に挙げた6点の、複合的な試みになります。

1)鮮度命! 農家だからこそできる、収穫後速やかに加工する。

2)高性能の温度計を使用し、ブランチングの温度管理を徹底する。

3)調味料の配合率を工夫して酵素作用を促進、風味を最大限に活かす

4)風味劣化に繋がる液体(つけ汁)を可能な限り排除する。

5)ガスバリア性能の高い容器を使用。または、小分け包装して開封後の劣化を極力排除する。

6)風味劣化を排除するために、保存や流通に関する管理を徹底する。

当方は、以下理由(仮説)のもと、「70度~73度 x 15秒~30秒」で低温ブランチング行い、かつ冷水で冷却する工程を省略しています。

理由1)ブランチングの温度が80℃を超えると、酵素ミロシナーゼが死活する(*1)

理由2)低温スチーミングの平山一政氏によると、70℃は食材の酵素が活性化し、旨みを熟成させる効果があるとされる。

※温度管理は73度で火を止めワサビを投入、70度まで自然に降下するまで数秒間待つ方法を採用。

理由3)ミロシナーゼの活性が最も促進されるのは70℃と考えられる(*2)。

理由4)70℃はビタミンCを増やし(*2)、それによるミロシナーゼの活性促進も期待できる(*3)

理由5)低温ブランチングにより 細胞の構造が変化して、細胞の破壊が容易になる。その結果シニグリンがと酵素ミロシナーゼが容易に触れることができる環境になる。

  1. 熱(52℃以上)でワサビの細胞壁が壊れる(*2)
  2. 熱(60~70℃)で細胞が硬化する(*4)。固いガラスが割れやすい様に、壊れずに残った細胞壁も揉んだ時に壊れやすくなる(当方の推測)。


また醤油を加えてから揉みます。というのも、

  1. pHはワサビ3.45に対して<*5>、醤油4.7~5.0であり、ミロシナーゼの最適pH6.5~7<*5>に近づけることができるからである。
  2. 醤油の塩分により浸透圧が上昇する。外部へ浸透しようとする水の圧力により細胞壁が破壊される。


<*1>

●酵素量のコントロールによるすりおろしワサビ中のアリルイソチオシアネート保持技術

https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/122619.pdf

> 80℃,90℃および100℃で湯浴による加熱失活処理を行った.各処理温度のワサビをすりおろし・・・

※70℃以上で急激に死活しはじめるとの古いエビデンスも見かけたが、再検索できない


<*2>

●アブラナ科野菜の加熱によるグルコシノレート含有量の変化

日本調理科学会誌 Vol. 49,No. 1,7~18(2016)〔報文〕

https://www.jstage.jst.go.jp/article/cookeryscience/49/1/49_7/_pdf/-char/ja

> 植物細胞は,52℃以上の熱に接触すると原形質分離がおこり細胞死を起こす。細胞死が起こると,今まで DNA による制御の下に,細胞壁で区切られていたGSLとミロシナーゼが接触可能となり,GSL がミロシナーゼにより加水分解を受け減少する。

> 一般に酵素活性は,高温により失活するまでは温度上昇とともに反応速度が高くなる。本結果においてクレソンは 50℃で,またブロッコリーは60℃で,GSL 残存率が最も低くなったのは,上記の理由によるものと推察された。ミロシナーゼの最適温度などの特徴は,それが含まれる植物の属により異なるなどの報告がある。

> ビタミン C については、低温(70℃)で加熱を行うことにより、アスコルビン酸オキシダーゼやアスコルビン酸パーオキシダーゼが抑制され、ビタミン C が増加したとの報告 93) がある。


<*3>

●アブラナ科野菜漬物(カブ,ハクサイ)のイソチオシアネート生成に関する塩化ナトリウム (NaCl) およびアスコルビン酸の影響

日本調理科学会誌 Vol. 49,No. 2,138~146(2016)〔報文〕


<*4>

野菜の硬化 とその機構

香西 みどり、日本調理科学会誌Vo1.35 No.4(2002)。


<*5>

椙山女学園食育推進センター 客員センター員 中野 典子、わさびの辛味成分と調理

http://ir.lib.sugiyama-u.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/309/1/NATURAL_30_111_121.pdf

●カラシ加工製品の香気持続性について,三好 英晁,日本食品工業学会誌 / 16 巻 (1969) 10 号

https://www.jstage.jst.go.jp/article/nskkk1962/16/10/16_10_441/_pdf/-char/ja

> 至適温度は50~60℃にあって,70℃以上で急激に活性が低下する。また至適pHは5.0~6.0にあり,これ以下の酸性側では活性が著しく低下する。

●【発明の名称】 練りからし及びその製造方法

http://www.j-tokkyo.com/1999/A23L/JP11225705.shtml

> からし中には最適反応温度が40℃付近と60℃付近の2種類の異なるミロシナーゼが存在し、後者の方が活性が強くかつ持続性に優れていることを確認


<その他参考文献の例>

・酵素量のコントロールによるすりおろしワサビ中のアリルイソチオシアネート保持技

http://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/122619.pdf

・イソチオシアネート含量の測定方法

http://astamuse.com/ja/published/JP/No/2011122950

・辛味および風味の長期間保持可能な香味食品の製造方法 金印わさび株式会社

http://astamuse.com/ja/published/JP/No/2001136930

・ワサビの保持栽培に関する研究

http://kankyo.u-shizuoka-ken.ac.jp/column/26/column_26.htm

・低温スチーミング調理による植物性食品の成分と食味の変化,日本食生活学会誌,19,193-201

・ミロシナーゼ活性に対する食塩の影響とアブラナ科野菜の漬物加工への応用