山葵結婚

作成:2017/11/24 更新:2019/07/05

相性の良い料理の組み合わせのことを、ハイカラな言葉でmariage(マリアージュ)と呼ぶことがあります。山葵のマリアージュとして、刺身は鉄板でしょう。本稿ではそれ以外の提案をしていきます。

さて、およそ「ざる蕎麦」といえば、刻み海苔がトッピングされ、ツユにはネギが薬味として添えられているものでしょう。しかし蕎麦屋では、稀に山葵が添えられることがあります。特に高級店では、辛味大根の選択肢もあったりします。かつて職場の同僚・佐藤茂氏はそのいずれも使わず、専ら「七味唐辛子」を好んで薬味としていました。そして私はというと、農家として山葵を推奨したいところですが、正直「辛味大根」派なのです。というのも、山葵の香に負け、蕎麦の繊細な香りが楽しめなくなる気がするからです。そんな想いを引きずっていたところ、以下の様な記事を発見しました。

投獄された「寿司にわさび」の発明者 日本人が守るべきわさび(前篇)2014.01.24(Fri) 漆原 次郎
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39739?page=4
> “蕎麦にわさび”の組み合わせも江戸時代に始まったようだ。蕎麦のつゆに鰹だしが使われるようになり、すこし生臭い。そこでその臭いをかき消すために、わさびを使うようになったのだと言われている。 1751(寛延4)年に江戸の蕎麦通だった日新舎友蕎子が書いた『蕎麦全書』に、大根の辛いものがないときの代用品として「山葵」を使うといったことが書かれてある。

一方で現代は製造技術が進み、「生臭い」つゆは流通していないと考えます。よって、蕎麦にそもそも薬味なんて不要なのかもしれませんね。そしてこの記事には、以下の様な記述が続いています。

> 現代の私たちにとっては、わさびというと刺身の薬味を思い浮かべる。この組み合わせの源流とも言えそうな食べ方が、室町時代の公家料理書の1つ『四条流包丁書』に見られる。ここには、鯉は山葵酢(わさびず)、鯛は生姜酢、鱸(すずき)は蓼酢などと記され、わさびを酢と混ぜて、それを鯉の刺身とともに食べていたことが分かる。

酢の酸味、生姜の香、山葵の辛味、全て臭みを消す作用があります。そのことから、昔の魚は相当臭かったことが推測できます。そういえば高校時代の国語教師・本井英氏から、江戸時代の大トロは「猫またぎ」と、有り難なくな蔑称で呼ばれていたことを学びました。魚が好きな猫でさえ、臭くてまたいで通るということから、敬遠されていたというのです。一方で現代は保存技術が進み、魚の「生臭さ」も緩和されているのではないでしょうか。前置きが長くなりました。以上のことから、山葵マリアージュの法則として「臭みを消す必要がある食材」がまず挙げられます。

2番目の法則は、「冷たい食材」でしょうか。これはワサビの風味が揮発性であることに関係しています。温度が高いと揮発が加速するので、簡単に風味が飛んでしまうからです。また、ワサビ受容体TRPA1の活性化を「冷感」とか「清涼感」との官能試験結果があること(下記注)も関係している様に思えます(筆者推測)。因みに魚介類の刺身は、以上どちらの条件にも該当するので、最高の相性といえるでしょう。

3番目は、「粘りがある食材」です。自然薯やつくね芋等粘りがある芋類をおろして、同じくおろした山葵と混ぜると、粘りが風味の揮発を抑止して、山葵の美味しさが持続します。但し、2番目の法則の縛りがあるので、冷たい状態であることが必要です。

そして最後の法則は、「マスタードやホースラディシュの代用」になります。マスタード(辛子)やホースラディシュ(西洋わさび)は山葵と同じアブラナ科で、風味の方向性が似ているからです。私はタイ料理の食材カーの代わりにジンジャー(ショウガ科)を、イタリヤ料理のバジルの代わりに紫蘇(シソ科)を代用することがありますが、その類でしょうか。特に、おでんに山葵を添えると驚くほど上品になり、一気に高級食材に化けます。ソーセージにはおろし山葵に刻んだ茎を混ぜると、シャキシャキとした食感も楽しめます。その他具体例は以下を参照ください。

尚、マスタードやホースラディッシュなどの香辛料は「臭みを消す必要がある食材」に多用されるので、実質的な法則は3つに収束するかもしれません。しかしながら、自分を含め、皆さまのマリアージュの発想が容易になるので、あえて別物として記載しました。こんな組み合わせがある!なんて新たな発見があったら、どうか私までお知らせください。

「臭みを消す必要がある食材」の例

魚介類の刺身(特に生牡蠣)、納豆(最近はあまり臭くない)、蕎麦つゆ(江戸時代は臭かったらしい)

「冷たい食材」の例

魚介類の刺身、鳥刺、馬刺、納豆、豆腐(冷奴)、ポテトサラダ、ビシソワーズ(冷製のポタージュ)、もり・ざる蕎麦、アボカド、モッツアレラ・チーズ(ヅケは尚よし)

「粘りがある食材」の例

自然薯、つくね芋、大和芋、やまの芋の類

※わさびの香りと辛味が持続します。

「マスタードの代用」の例

納豆、おでん、ポテトサラダ、シュウマイ、ハム・ソーセージ類、焼鳥(塩)、豚焼肉

「ホースラディッシュの代用」の例

生牡蠣(オイスター)、カクテルソース、ローストビーフ、牛焼肉 (但し霜降りは山葵が負けてしまうので勿体ない)

特別番外編

匹見の郷土料理「うずめ飯」の存在も忘れてはなりませんが、多くの山葵農家が最高のマリアージュと考えるのは、実は「山葵ご飯」です。上記法則のどれにも該当しないのですが、絶品です。温かいご飯の上に削りたての鰹節とおろしワサビ、醤油を少々垂らしただけのシンプルなもの。小まめにワサビを乗せる必要があります。ほとんどの食材が白米と相性が良いので、あえて法則として記載しませんでした。とはいえ、もし新鮮な山葵が入手できたらぜひお試し下さい。繰り返して強調しますが、ほんと、絶品です。

岡崎統合バイオサイエンスセンター 富永 真琴 「TRP チャネルと感覚―痛みと温度感覚に焦点をあてて」2011
http://www.microscopy.or.jp/magazine/46_4/pdf/46-4-222.pdf
温度受容のしくみ
http://www.chart.co.jp/subject/rika/scnet/42/sc42-1.pdf